どこ吹く風

自分には全く関係・関心がないというように、知らん顔をすること。「何処吹く風と聞き流す」

ヤシの実

 先日、母の買い物に付き合って近所のスーパーに行った。そこで“ヤシの実”を見つけた。398円だった。私は今までいろんな本やマンガで“ヤシの実”を目にしてきたが実際に食べたことは一度もなかった。そこで

「これ買おう!」

と母に告げると

「いいよ、どうせ美味しくないから。」

と、却下された。母だってきっと食べたことないはずなのだが・・・。もし仮に美味しくなかったとして、それはそれで良いではないか?398円なのだ。ものは試しだ。これが3980円だったら話は分かる。でもたったの398円だ。トライする価値はあるのではないか?

 

 でもうちの母はそれをしない。北関東特有の超保守的人間なのだ。「どうせ美味しくない。」の“どうせ”がそれを象徴している。

 

 このように母は“冒険する事”をとことん嫌う。サッカーの試合中継を見ていると「サッカー選手は引退後どうやって食べていくのだろうね?」とかそんな事ばかり言っている。一度腹が立ったので

「いや、引退後、全然別の仕事に就くにしても、一度しかない人生を自分の納得のいくように生きたんだから後悔はないだろう。それにサッカーを一生懸命にやって得たものだってたくさんあると思う。確かに引退後もサッカーに関わって生活できる人は限られているかもしれない。でも、それはその人の人生なんだから、他人がああだこうだ言うことじゃないよ。」

と諭したことがある。母は一応黙ったが、心底納得してはいないようだった。「そりゃ、お金に困ったことがない人が言う言葉だよ。」という彼女の声が聞こえてきそうだ。

 

 彼女には彼女なりの信念と哲学がある。「石橋を叩いて渡るようにして、爪の先に火を灯すようにして子供3人大学まで出したんじゃないか?」というものだ。それを言われるとこちらとしてはぐうの音も出ない。ただ一つ気づいたのは、母と父にとって“子供達を一人前に育てあげる事”が2人の最優先事項だったということだ。ああ、それに関しては感謝しないといけないな。と正直思う。

 

 ひるがえって私にとっての最優先事項と言えば“自分の才能”(そんなものが仮に在るとすればだが・・・)を最大限に発揮することに他ならない。才能を存分に生かす。これに尽きる。この一連の文章もその一環と言えなくもない。「ああ、結局俺は自分のことしか考えていない。」と反省する一方で、それが解っているからこそ無意識のうちに俺は自分の家族を持つことを避けているんだな。とも自己分析する。宇多田ヒカルさんも新曲『君に夢中』の中で歌っている。「♪才能には副作用、エゴには影が付きまとう」と・・・。

 なかなかうまくはいかないものだ・・・。

 

 ヤシの実1つからそんなことを考えた。

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食べた事ありますか?


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