「さようなら 会えなくなるけど さみしくなんかないよ♪」
今朝目が覚めたら何故か頭の中でこのフレーズが流れていた。
調べてみたらミスターチルドレンの「星になれたら」という楽曲のサビの部分だった。
私はミスターチルドレンのCDを買ったこともないし、ダウンロードしたこともない。
ましてや「星になれたら」という曲名は今検索して初めて知った。
どこかで耳にしたフレーズだったのだろう。
一体何故このメロディーとフレーズが流れていたのか解らない。誰かに会えなくなるのか、もしくは会えない誰かの事を指しているのか?睡眠や夢と音楽の関係は非常に興味深い。ビートルズのポール・マッカートニーが朝目覚めた時、頭の中で流れていたメロディーをそのまま楽曲にしたのが、「yesterday」だというのは有名な話だ。「yesterday」に」比べるのはおこがましいが私も20代の頃目が覚めたら聞いたこともないメロディーが頭の中で流れていたことがあった。テープに録音するなり、楽譜が書けたらよかったのだが・・・今はもうそのメロディーは忘れてしまった。
無意識のうちに鼻歌を口ずさんでいるという体験は誰にでもあると思う。私は調子のよいときにモーツアルトの「トルコ行進曲」が頭の中から流れてくる。もしくは「トルコ行進曲」が流れてくるから「調子よくなれるのか」たまごが先か鶏が先かという話になってしまうが・・・それとは別に、くしゃみをするのはどこかで誰かに噂されているからだという表現がある。音楽も同様でその場にいない誰かとの関係において頭の中から流れてくるのかもしれない。それをシンクロというのか?なんというのかは解らない。私の中で「トルコ行進曲」が流れてくるのはどこかで誰かからの好意のような何かを感じているからなのかもしれない。もっともこれは私がそう勝手に感じているだけで推測とすらいえない事だが・・・
ともかく、音楽にはある種の力がある。先日私の部屋で小5の甥っ子二人がピコピコと対戦ゲームをしていた。ゲーム音ばかり聞いてないでいい音楽を聞かせてやろうと思い、ビートルズの「here there and everywhere」をかけてやった。曲が流れ始めると二人は一瞬ぴくっとして静まり返った。そのうち「これ対戦してるときにかける音楽じゃなくね?」と言われて結局途中で止めてしまったのだが・・・情操教育ってこういうものかもなと思った。
また、話は移るが星野源さんが新曲「Pop Virus」という楽曲で「始まりは 炎や 棒きれではなく 音楽だった♪」と歌っている。多分人類の進化の過程で音楽が持つ力というか作用のようなものをテーマにした楽曲なのだろう。実はこれと同じテーマを漫画家・山下和美先生の「不思議な少年」でも扱っている。人類史上初めて「歌」が生まれた瞬間の事を描いておられる。
話はあちこちに飛んだが「夢」と「メロディー」と「歌詞」と「人間間の相互作用」と「音楽の持つ力」と・・・これらはまだまだ自分の中でも消化しきれないテーマだ。でも非常に興味がある。いつかもっとまとまったらまた文章化してみたいと思う。肉体が何を食べるかによってつくられるように、精神も何を見るか、聴くか、読むかによって形作られるものなのかもしれない。できるならなるべく質のよいものを見聞きしたいものだ。