どこ吹く風

自分には全く関係・関心がないというように、知らん顔をすること。「何処吹く風と聞き流す」

青森山田

 格闘技でも将棋でもオセロでもそうだが、玄人同士、若しくは達人同士の戦いでは先に隙を見せた方が負けだ。相手はその隙をついてくる。如何にミスをしないか、隙を作らないかが勝敗の決め手となる。したがって試合自体は見ていて派手さのない、悪い言い方をすると地味なものになる。これを高校サッカーという舞台で現実に行うチームがある。そう青森山田だ。前回の選手権の覇者であり、Jの下部組織も含めた高校年代の王者でもある青森山田のサッカーは華麗なパス回しや、変幻自在のドリブルと言ったいわゆる派手さはない。どちらかというとフィジカルにものを言わせた縦ポンの前近代的サッカーで観ていてつまらない。ちょっと前までは私もそう思っていた。でもそれは大きな間違いだった。あるサッカーフリークの知人が教えてくれたのだが青森山田プレミアリーグ等のリーグ戦では面白いサッカーを見せてくれるとの事。負けたら終わりの選手権では戦い方を変えてくるとの事。そういう目で今回の選手権を見て見ると彼らの真骨頂が解ってくる。今日1月12日の準決勝・帝京長岡戦の1点目の採り方などを見ていると彼らは非常に高い技術・パスセンスを持っている。また、ディフェンスもカバーリングが徹底されていて非常に組織的だ。そう、青森山田は華麗なポゼッションサッカーをやろうと思えば十分にできるのだ。その技術も連動性も十分に持ち合わせている。ただ敢えてそれをやりはしない。相手チームにポゼッションさせておいて言い方は良くないが「隙」を待つのだ。そして相手が「隙」を見せようものなら一気に牙をむいてゴールを狙いに来る。シュートの本数に対するゴールの決定率は非常に高い。その意味で彼らのサッカーは玄人好みと言えるのかもしれない。また、リスクを極力避けるサッカーともいえる。(もっとも実際に攻め込まれて苦しい場面なども多少あったが)技術・フィジカル・チームとしての連動性・そういったオールラウンドな力を高いレベルで持ち合わせているからこそ、あのような戦い方ができるのだ。なるほど王者の戦い方ってこういうものかと感嘆した。ただそれと同時に贅沢な期待を抱いてしまう。彼らが勝敗二の次で果敢にリスクをとるサッカーをするのを見て見たいと。ここまで思いを馳せるとサッカーは哲学の領域に文字通り足を踏み入れる。つまり、勝敗が先か、美学が先か、という。なるほど「美しく勝て」と言ったヨハン・クライフは確かに偉大だった。

 さて明日の第98回高校サッカー選手権決勝・青森山田対VS.静岡学園が楽しみだ。

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ギニュー特戦隊