不惑

 先日ウォーレンバフェット氏(世界屈指の投資家)についての本を読んだ。

バフェット氏曰く、投資に向いているのは「独立思考」のできる人間だと。「独立思考」とは群集心理から独立して思考できる人間。わかりやすい例を用いると

「王様は裸だ!」

と言える人間との事。

「それって子供じゃん。(笑)」

と思った。同時に、いい大人になってもそれができたのが(敢えて行ったのが)

ソクラテス」(古代ギリシャアテネの哲学者、無知の知を提唱した) 

なのではないか、とも思った。

ソクラテスを扱った光文社文庫を数冊読んでの感想。)

疑問に思うのは「王様は裸だ!」といった子供のその後・・・

おとがめはなかったのか?

まっとうな大人になれたのか?

ちなみにソクラテスの最後については残念ながら周知のとおりだ。

(ポリスの価値観を揺るがせたとの罪で毒杯をあおって刑死)

彼を慕う友人たちの力で国外に逃れることも可能だったらしいが、敢えて死を選んだらしい。そこにはある種の美学がある。このソクラテスの生き方と対照的なのが

「仕立て屋」

の生き方だ。人の(群衆)心理というものを実によく理解し、そこに介入してくる。

服ができたら大金せしめてとんずらだ。実に賢い生き方と言える。

 

さて、ここで問題だ。美しく生きることと、賢く生きることは

時に背反するのではないか?ちょっと昔に松浦亜弥さんが楽曲『ねーえ』の中で

「♪迷うな、セクシーなの♪キュートなの♪どっちが好きなの?♪」

と歌っていた。この場合、相手が松浦亜弥さんであればどちらでもいいのだが・・・

 

To  live  beautifully  or  to  live  smartly

That  is  the  problem.

 

美しく生きるべきか

賢く生きるべきか

 

不惑にして

惑わずにはいられないのだ・・・

孔子の言葉「四十にして惑わず」より)

 

ちなみに「馬鹿」という言葉の語源を調べてみると面白い。

このテーマをなんと2000年以上昔にあつかっている。

中国という国の文化は確かに偉大だ。

 

もう一つちなみに

英国人作家のジョージ・オーウェルもやはりこのテーマを

1948年に出版された『1984年』の中であつかっている。

英国もやはり偉大だ。

 

最後に昭和から平成にかけての日本の国民的ドラマ『3年B組金八先生』の中で

武田哲也さん演じる坂本金八卒業する生徒たちに対して述べている。

「立派な人になんかならなくてもいい、感じの良い人になってください。」

 

日本という国も悪くないかもしれない。

 

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